読み間違い

私はよく漢字の読み間違いをするのですが、それにはそれなりの理由があったということにさっき気づいたのでその話です。
『無情素描』という映画があります。「むじょうそびょう」と読みますが、ずっと「むじょうすびょう」と勘違いしてました。この読み間違いがどこから来たかというと「むじょう」と「すびょう」の「u.o.u」の韻に引っ張られてたからなのでした。「素描」のみなら「そびょう」と読めてたのに、二つが並んだことにより読めなくなってしまっていた。また『歌女おぼえ書』という映画、これは「うたじょ」と読みますが、「うたおんな」と読んでました。これも「おんな」と「おぼえ」の「o」の韻から特に読み方を確認することもなくそう勝手に思い込んでいました。
思い出したのは『気狂いピエロ』の読み方のことで、結構長いこと繰り返し「きぐるいだ」「いや、きちがいだ」というやりとりがネット上で行われているのを目にしていましたが、なぜ原題『Pierrot le fou(ピエロ・ル・フ)』に対して「きちがい」でも「気違い」でもなく「気狂い」としたかというと、実際の読み方とは別に「ぐるい」の「る」が「ル」に当たってるからなのではなかろうかと。だから「きぐるい」と読むのが正しいのだ!という話ではなくて、潜在する響きが重ね合わせられたことによって生まれた豊かさの話です。
映画の解釈も、最近はとかく正しい解釈(多くは制作者の発言が根拠とされる)以外が勘違い・誤解として排斥される傾向があるように見受けられますが、複数の解釈が重ね合わせられることによる豊かさを感じる余裕も持っておきたいものです。勿論、誤りを指摘してもらえることはとても有り難いことなので、指摘された時には恥ずかしさを感じつついつも感謝しております…。